2013年04月02日

アホ毛 〜その恐怖

 「アホ毛」はどこから来たのか?
そしてどこへゆくのか?
科学者たちは「アホ毛」の起源に関する
おそるべき仮説をわれわれに提示する。

 「あッ、これはいったいなンだッ?」
大量の紙が散乱した薄暗い室内で、女性は驚きの声をあげた。

 ─1886年、ドイツ。ベルリンの中心部にある私設研究所。
「ジョーッシュ!来たまえ、さあすぐに起きて覗いてみたまえッ!」
声を張り上げる女性は、紙の束を布団がわりに熟睡していた小太りの男性を堀り起こすと、近年国内で開発されたばかりの新型顕微鏡の前へ引きずっていった。
「…まさか!いったい、これは?」
一気に眠気が吹きとんだ様子の助手の男は、興奮気味に接眼レンズを覗きこむ。
多数の緑膿菌がユラユラピクピクとうごめく中、ただ一個体のみに、変わった鞭毛が認められた。
 「こいつが。こいつだけが。こいつ変だ!」…実際、『こいつ』の鞭毛は異常だった。弧形状で、まるで周囲を攻撃するかのように高速で伸縮運動を繰り返している。
「この動き…。Abartigkeit - Hochgeschwindigkeit - Gebogene linie と、名づけよう…」
こうして『こいつ』は命名された。A(アー)H(ハー)G(ゲー)。すなわち"AHG"と─
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 新鮮なブドウ糖と蜜柑の汁の投与を続けて12日目、すくすくと成長した"AHG"は、いまや顕微鏡も必要ないというほどに、巨大化を遂げていた。その形状は鋭利な刃物のようにも見え、威圧的…いや、むしろ生理的危機感すら伴うオーラを発しており、触るものみな傷つけずにはいられない、と言わんばかりに威嚇的な生体活動を繰り返していた。

 「ここまで育てば、そろそろいけますな…」
ジョッシュはおもむろに、『Achtung! さわるなキケン』の札がつけられた"AHG"へ手を伸ばす。
「…待て?ジョッシュ…君、何をするだァ――――ッ?!」
博士の制止の声を振り切るように、ジョッシュは指を伸ばし、近づけ、ゲッと声をあげてその場へうずくまる。切断された差し指は、音も立てずに落ちた。
「大丈夫かッ?!すぐに手当をッ!…そ、それにしてもなんという切れ味!」
「…いや、博士、これでいいんです。これでないといけない」
「まったく君の行動はうかつすぎる。どこか抜けているというか…まるで頭から何か抜けているかのようだ」

 博士のその言葉にジョッシュはビクリと身体を震わせ、頭頂部を自らの手で何度もこすり、そしてため息を一つついた。
「そのとおりなのデス、博士。僕は魂までもが抜かれたようなモノなのデス」
「ほんとうにそうなのデスよ、エリザベート博士?けっけっけっ…けけけけけけ」
突如、助手は頭を掻きむしり、床上の紙の上へバラバラと大量に抜けた毛髪が散乱していった。
「おい、君ィ!ジョッシュ!やめないかッ!紙の上に髪が…」
「こんなものは、いくら抜けたっていいんデス!一本…そう、一本あればいい…」
そう言い放つやいなや、鋭利な刃物のごとく巨大化した"AHG"を抜き取ると、なんの躊躇もなしに、自らの頭頂部へ突き立てる。
「ジョーーーッシュ!それはいけないッ!!以外!それは髪の毛以外ッ!!」
ゆっくりと博士の方を振り向いたジョッシュは、ニタリと笑った。
「これ、さっきまで生えていたヤツより、具合がいいや」

 三日後、ジョッシュは博士を斬りつけ、研究所を去りそのまま逃亡、失踪した。月末の夜の出来事であった。刃物らしきものを振りかざす通り魔が霧の街ロンドンを恐怖の底へ陥れたのは…その二年後の話である。
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2013年03月21日

アホ毛 〜その起源

 「…き、消えている!」
その場にいた全員が、驚きの声をあげた。

─1942年、メキシコ北部。
地元の子供たちがいくつかの洞窟壁画を発見しており、予備調査に訪れていた学術隊が写真撮影を行なっていたところ、その事件は起こった。
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件の壁画だが、当時話題となっていたフランス・ラスコーのような、後期旧石器時代のクロマニョン人による顔料の鮮やかな色彩や、ダイナミックな線描は見られない。題材としても「対峙する人と獣」という実にオーソドックスなもので、石器により線刻した後で全体を火で焦がすというシンプルな技法のものであった。ただ、放射性炭素年代測定によると、約四万四千年前の物という結果がでており、当時確認されていた洞窟壁画の中でも、特に古い部類である可能性は高かった。

 また、この壁画には不可解な点があった。
ネアンデルタール人と思われる絵の頭部から、細長い『なにか』が伸びているのである。そのなにかを武器のように円弧状に伸ばし、獣と対峙し、闘っているかのように見て取れるのだ。もちろん、特別な方法で編みこまれた先史時代の人類の毛髪により、鞭のようにぐんとしならせて敵を討っている…という推測は可能である。また、角といった類に代わる「力の権威の象徴」と見なす事も可能であろう。あるいは原始宗教の類への関係性も、また…。

 学術隊がそうした論議を交わしながら写真を撮影していたその時、不思議な現象は発生したのだ。
頭部から伸びていた『なにか』の部分が、壁画から消失していたのだ。岩石に掘り込まれた模様であるにも関わらず、まるで、初めから何も描かれていなかったかのように…。
撮影中であったため隊の誰もが、消失の直前までその目ではっきりと確認していた、と明言している。
後日、現像された写真にもありありと浮かび上がったため、実際に起こった現象である事に間違いないのである。

 「これは特別な『毛』じゃ。」
大戦終了後、当時の撮影に参加した研究者の一人がコメントを残しているのだが…唯一、何が起こったかを理解していたように思われる。「当時、『彼』はこの壁画のように闘い、そして、決着はついていた。」「そう、『彼』は四万年以上の時の流れを経て、ついに…『抜かれた』のじゃ。」
この言葉を残した禿頭の老学者はその三日後、行方知れずとなった。
posted by アホ毛ブ員 at 22:39| ブレポート