2013年03月21日

アホ毛 〜その起源

 「…き、消えている!」
その場にいた全員が、驚きの声をあげた。

─1942年、メキシコ北部。
地元の子供たちがいくつかの洞窟壁画を発見しており、予備調査に訪れていた学術隊が写真撮影を行なっていたところ、その事件は起こった。
lab01.jpg
件の壁画だが、当時話題となっていたフランス・ラスコーのような、後期旧石器時代のクロマニョン人による顔料の鮮やかな色彩や、ダイナミックな線描は見られない。題材としても「対峙する人と獣」という実にオーソドックスなもので、石器により線刻した後で全体を火で焦がすというシンプルな技法のものであった。ただ、放射性炭素年代測定によると、約四万四千年前の物という結果がでており、当時確認されていた洞窟壁画の中でも、特に古い部類である可能性は高かった。

 また、この壁画には不可解な点があった。
ネアンデルタール人と思われる絵の頭部から、細長い『なにか』が伸びているのである。そのなにかを武器のように円弧状に伸ばし、獣と対峙し、闘っているかのように見て取れるのだ。もちろん、特別な方法で編みこまれた先史時代の人類の毛髪により、鞭のようにぐんとしならせて敵を討っている…という推測は可能である。また、角といった類に代わる「力の権威の象徴」と見なす事も可能であろう。あるいは原始宗教の類への関係性も、また…。

 学術隊がそうした論議を交わしながら写真を撮影していたその時、不思議な現象は発生したのだ。
頭部から伸びていた『なにか』の部分が、壁画から消失していたのだ。岩石に掘り込まれた模様であるにも関わらず、まるで、初めから何も描かれていなかったかのように…。
撮影中であったため隊の誰もが、消失の直前までその目ではっきりと確認していた、と明言している。
後日、現像された写真にもありありと浮かび上がったため、実際に起こった現象である事に間違いないのである。

 「これは特別な『毛』じゃ。」
大戦終了後、当時の撮影に参加した研究者の一人がコメントを残しているのだが…唯一、何が起こったかを理解していたように思われる。「当時、『彼』はこの壁画のように闘い、そして、決着はついていた。」「そう、『彼』は四万年以上の時の流れを経て、ついに…『抜かれた』のじゃ。」
この言葉を残した禿頭の老学者はその三日後、行方知れずとなった。
posted by アホ毛ブ員 at 22:39| ブレポート